日本は地震、津波、台風、豪雨、土砂災害、火山噴火など、さまざまな自然災害が発生する国です。日本で暮らす私たちにとって、災害への備えは日常生活の一部ともいえます。
しかし、日本で働く技能実習生の中には、日本の災害事情を十分に知らないまま生活している人も少なくありません。
「地震が起きたら、どこへ逃げればいいのか」「避難所とは何なのか」「大雨のとき、川の近くにいてはいけないことを知っているか」「緊急地震速報が鳴ったとき、どのように行動すればいいのか」。
こうした情報が十分に伝わっていなければ、災害発生時に大きな危険につながります。
技能実習生の防災対策は、単なる外国人支援ではありません。日本で働き、生活する人の命を守るための社会全体の課題です。
「日本の災害」を知らないまま暮らすというリスク
日本人にとっては当たり前の防災知識でも、海外から来た人にとっては必ずしも当たり前ではありません。
たとえば、地震をほとんど経験したことのない国から来た実習生にとって、日本で頻繁に発生する地震は非常に特殊な経験です。
日本人なら「まず机の下に入る」「揺れが収まるまで慌てて外へ出ない」「海岸付近では津波を警戒する」といった知識を学校教育や地域活動を通じて身につけている場合があります。
一方、技能実習生の場合、日本に来てから仕事や生活に慣れることに精いっぱいで、防災教育まで十分に受ける機会がないケースも考えられます。
さらに、災害時には日本語の問題があります。
防災行政無線、テレビ、スマートフォンの通知、自治体のホームページなどから発信される情報の多くは日本語です。
「避難指示」「高齢者等避難」「土砂災害警戒情報」「線状降水帯」といった言葉を知らなければ、情報そのものを受け取ることができても、意味を理解できない可能性があります。
災害時には数分、数十分の判断が命を左右することがあります。
だからこそ、平常時から外国人住民にも分かりやすい形で防災情報を伝えることが重要なのです。
技能実習生は「働く人」であると同時に「地域住民」でもある
技能実習生について語るとき、どうしても「労働力」という側面に注目が集まりがちです。
しかし、技能実習生は職場にいる時間だけ日本社会に存在しているわけではありません。
会社の寮やアパートに住み、スーパーで買い物をし、公共交通機関を利用し、地域の道路を歩き、休日には観光地や商業施設を訪れます。
つまり、技能実習生は日本社会の一員として地域で生活している住民です。
災害が起きたときも同じです。
地震が起きれば職場だけでなく住宅が被災するかもしれません。台風や豪雨では、仕事から帰宅する途中に危険に遭遇するかもしれません。
津波が発生すれば、海沿いの職場や寮から避難しなければならない可能性もあります。
したがって、技能実習生の防災を考える際には、「会社で働いている外国人」という視点だけでは不十分です。
「地域で暮らしている住民」という視点が必要です。
最初に必要なのは「自分がどこへ逃げるのか」を知ること
防災教育で最も重要なことの一つは、避難場所を事前に確認しておくことです。
災害が発生してから「どこへ逃げればいいのか」を調べるのでは遅い場合があります。
技能実習生が住む寮や住宅の周辺について、
「最寄りの避難所はどこか」
「津波が来た場合はどこへ逃げるのか」
「洪水の場合はどこへ避難するのか」
「避難経路はどこか」
「夜間に災害が起きた場合はどうするのか」
を、本人と一緒に確認する必要があります。
特に重要なのは、実際に歩いてみることです。
地図を渡すだけでは十分ではありません。
実際に寮から避難場所まで歩けば、暗い場所、狭い道路、坂道、交通量の多い交差点など、地図だけでは分からない問題が見つかります。
可能であれば、実習生、企業担当者、監理団体、地域住民などが一緒になって避難訓練を行うことが望ましいでしょう。
「やさしい日本語」を防災の基本に
外国人への防災情報では、「やさしい日本語」が非常に重要です。
難しい言葉をそのまま翻訳するだけでは、十分に伝わらないことがあります。
例えば、
「高齢者等避難」
という表現を見ても、日本語を学習中の人には意味が分かりにくいでしょう。
「お年寄りや、逃げるのに時間がかかる人は、避難を始めてください」
など、具体的な行動に置き換えることが重要です。
「津波警報」という言葉についても、
「海の近くにいる人は、すぐに海から離れて、高い場所へ逃げてください」
と説明した方が行動につながります。
もちろん、母語による情報提供も重要です。
技能実習生が多い地域では、ベトナム語、インドネシア語、中国語、ミャンマー語、フィリピンで使用される言語など、地域の実情に応じた多言語対応を進める必要があります。
ただし、すべての情報を常に多言語化することが難しい自治体もあります。
そこで「やさしい日本語」と多言語情報を組み合わせることが現実的な方法になります。
防災訓練に「参加してもらう」だけでは足りない
地域の防災訓練に技能実習生を参加させることも重要です。
しかし、単に人数を集めるだけでは意味がありません。
例えば、消火器の使い方を体験する、AEDの使い方を学ぶ、避難所を見学する、非常食を試食する、災害時の連絡方法を確認する、といった具体的な体験が必要です。
さらに大切なのは、技能実習生自身が「質問できる環境」です。
「避難所では何をすればいいのか」
「スマートフォンの充電はできるのか」
「食べられないものがある場合はどうするのか」
「母国の家族に連絡できるのか」
「仕事はどうなるのか」
など、外国人ならではの疑問があるでしょう。
日本人からすると小さな疑問でも、本人にとっては非常に大きな不安かもしれません。
防災訓練は一方的に知識を教える場ではなく、疑問や不安を聞く場でもあるべきです。
企業にも防災の責任がある
技能実習生を受け入れている企業にも重要な役割があります。
特に、企業が寮を用意している場合には、住居周辺の災害リスクを確認しておく必要があります。
ハザードマップを確認し、地震、津波、洪水、土砂災害などについて、どのような危険が想定されているのかを把握することが大切です。
また、防災用品についても、
・飲料水
・非常食
・懐中電灯
・モバイルバッテリー
・救急用品
・携帯ラジオ
・簡易トイレ
・防寒用品
などを準備しておくことが望まれます。
さらに、災害発生時の連絡体制も事前に決めておくべきです。
「災害が起きたら誰に連絡するのか」
「会社から連絡が取れない場合はどうするのか」
「携帯電話が使えない場合はどうするのか」
をあらかじめ決めておけば、混乱を減らすことができます。
災害時に孤立させない
外国人住民の防災で特に注意したいのが「孤立」です。
災害時には、言葉の壁、文化の違い、地域とのつながりの薄さなどから、情報を得られない可能性があります。
例えば、寮の中にいて避難情報を知らなかったり、周囲の日本人が避難していることに気づかなかったりすることも考えられます。
だからこそ、日頃から地域とのつながりを作ることが重要です。
町内会や自治会の防災訓練、消防署のイベント、地域のお祭りなどへの参加は、単なる交流ではありません。
顔見知りが増えることで、災害時に「外国人だから分からない」という状況を減らすことができます。
「隣の寮に技能実習生が住んでいる」と地域住民が知っていれば、災害時に声をかけることもできます。
一方、技能実習生自身も地域の一員として、できる範囲で地域活動に参加することが大切です。
「助けられる側」だけにしない
技能実習生の防災を考えるとき、もう一つ重要なのが、「外国人=助けられる側」と決めつけないことです。
技能実習生の中には、母国で災害を経験している人もいます。
また、日本人にはない言語能力や文化的知識を持っています。
災害時に外国人住民が、同じ母語を話す人に情報を伝えることもできます。
例えば、地域の防災訓練において外国人住民が通訳役を担ったり、同じ国の住民に避難情報を伝えたりする仕組みを作ることも考えられます。
これは外国人住民を「支援の対象」から「防災の担い手」へと位置づける考え方です。
地域社会全体の防災力を高めるうえでも、大きな意味があります。
日本人側にも「外国人と一緒に避難する」意識を
防災は外国人だけが学ぶものではありません。
日本人側も、外国人住民と一緒に避難するための知識を持つ必要があります。
例えば、避難所に外国人が来た場合、言葉が通じないからといって情報提供を諦めてはいけません。
翻訳アプリ、指差しシート、イラスト、やさしい日本語などを活用すれば、コミュニケーションできる場合があります。
また、外国人住民の中には、避難所という仕組み自体を知らない人もいるかもしれません。
「ここは安全な場所です」
「ここで避難生活をします」
「食料や水を受け取れます」
といった基本的な説明だけでも、大きな安心につながります。
災害時には、日本人と外国人を分けて考えるのではなく、「同じ地域に暮らす住民」として支え合うことが重要です。
スマートフォンを防災の道具にする
現在の技能実習生の多くはスマートフォンを利用しています。
そのため、スマートフォンを防災情報の受け皿として活用することも重要です。
緊急速報、自治体の防災情報、気象情報、避難所情報などを受け取れるように、平常時から設定方法を説明しておくべきです。
ただし、スマートフォンがあれば十分というわけではありません。
停電や通信障害が発生する可能性もあります。
そのため、スマートフォンに依存しすぎず、避難場所や避難経路を紙でも確認しておくことが重要です。
「スマートフォンが使えなくなったらどうするか」まで考えることが、本当の意味での防災対策です。
「防災教育」を入国後の基本研修に
技能実習生が日本で生活を始める際、防災教育を基本的な生活オリエンテーションの一部として位置づけることも考えるべきでしょう。
日本の交通ルール、ゴミ出し、生活上のルールなどと同じように、
「日本では地震が発生する」
「津波の危険がある地域がある」
「台風や大雨による災害がある」
「災害時には避難所が開設される」
「緊急時には119や110などの連絡先がある」
といった基本的な知識を説明するのです。
さらに、一度説明して終わりにするのではなく、定期的に確認することが必要です。
日本での生活期間が長くなるほど、生活環境が変わる可能性もあります。
引っ越しをしたら避難所も変わります。
職場が変われば災害リスクも変わります。
そのため、防災教育は継続的に行う必要があります。
防災は「特別な外国人支援」ではない
技能実習生の防災支援について、「外国人だけ特別扱いする必要があるのか」という意見が出るかもしれません。
しかし、本当に必要なのは特別扱いではありません。
必要なのは、誰もが命を守るための情報を理解できる環境を作ることです。
日本語が十分に理解できない人に対して、分かる言葉で情報を伝える。
避難所の場所を知らない人に、場所を教える。
地域とのつながりがない人に、地域との接点を作る。
これは外国人だけでなく、高齢者、障害者、子ども、観光客など、さまざまな人にも役立つ取り組みです。
つまり、技能実習生への防災サポートを充実させることは、日本社会そのものの防災力を高めることにつながります。
一人ひとりの命を守るために
災害は、国籍を選びません。
地震は日本人にも外国人にも起こります。
津波も、台風も、豪雨も同じです。
だからこそ、日本で働き、生活する技能実習生を防災から取り残してはいけません。
企業は寮や職場の防災対策を進める。
自治体は多言語・やさしい日本語による情報提供を充実させる。
監理・支援に関わる機関は、防災教育を日常的な支援の一部として位置づける。
地域住民は、外国人住民を地域の一員として受け入れる。
そして技能実習生自身も、避難場所や災害時の行動を事前に確認する。
こうした取り組みが積み重なれば、災害時に「知らなかった」「分からなかった」という理由で命を失う人を減らすことができます。
日本はこれからも、さまざまな国から外国人材を受け入れていく社会になっていくでしょう。
人材を受け入れるのであれば、働いてもらうことだけを考えるのではなく、安全に暮らしてもらうことまで考えなければなりません。
技能実習生を含む外国人住民の防災サポートは、単なる福利厚生ではありません。
それは、一人の人間の命を守るための取り組みです。
「日本語が分からないから避難できなかった」
「避難所がどこか知らなかった」
「災害情報の意味が理解できなかった」。
そんなことが起こらない社会を作ることは、決して難しいことではありません。
平常時に説明し、実際に歩き、訓練し、地域とつながる。
そして、外国人住民にも「あなたも地域の一員です」と伝える。
その積み重ねこそが、災害に強い地域社会をつくる第一歩なのではないでしょうか。